Axioms and Computation (公理と計算)
Leanに実装されたCalculus of Constructionsには、依存関数型、帰納型、そして最下層にあるimpredicative(非可述的)でproof-irrelevant(証明無関係)な Prop
型から始まる宇宙の階層が含まれていることを見てきた。本章では、Leanに実装されているCalculus of Inductive Constructions(CIC)に公理と規則を追加して、CICを拡張する方法を考える。このような方法で基礎体系を拡張することは、多くの場合便利である。基礎体系を拡張することで、より多くの定理を証明することが可能になるか、そうでなければ以前は簡単に証明できなかった定理を簡単に証明できるようになる。しかし、公理を追加することで、その正しさ(無矛盾性)に関する懸念の増大以上の否定的な結果が生じることもある。特に、追加した公理の使用は、以下で紹介するように定義と定理の計算内容に影響する。
Leanは計算的推論と古典論理的推論の両方をサポートするように設計されている。望むなら、ユーザーはcomputationally pure(計算上純粋)なフラグメントだけを使うことができ、そうすればシステム内の全ての閉じた式がcanonical normal form(正規標準形)に評価されることが保証される。特に、例えば Nat
型の計算上純粋な閉じた式は、全て数字に簡約される。
Leanの標準ライブラリでは、propositional extensionality(命題外延性)という追加の公理と、function extensionality(関数外延性)の原理を含意するquotient(商)の構築が定義されている。これらの公理の拡張は、例えば集合や有限集合の理論を開発するために利用される。これらの公理やそれらに依存する定理を使うと、Leanのカーネルにおける項評価がブロックされ、Nat
型の閉項が数字に評価されなくなることがあることを以下で見る。しかし、これらの公理は新しい命題(の証明項)を(無条件に)追加するだけであり、Leanは仮想マシン評価器用のバイトコード(中間コード)に定義をコンパイルする際に型と命題の情報を消去するため、これらの公理は計算的解釈と両立する。計算に傾倒したユーザーであっても、計算における推論を行うために古典的な排中律を使いたいと思うかもしれない。排中律もカーネルでの項評価をブロックするが、排中律は定義のバイトコードへのコンパイルと両立する。
また、標準ライブラリは、計算的解釈とは全く相反するchoice principle(選択原理)も定義している。選択原理は「データ(証明以外の項)」の存在を主張する命題から魔法のようにデータを生成することができ、便利だからである。いくつかの古典的な構文を使うには選択原理が必須であり、ユーザーは必要なときに選択原理をインポートすることができる。しかし、古典的な構文を使ってデータを生成する式は、計算可能な内容を持っていない。Leanでは、その事実を示すために、このような定義を noncomputable
とマークする必要がある。
(Diaconescu's theoremとして知られる)巧妙なトリックを使うと、命題外延性、関数外延性、選択原理から排中律を導くことができる。しかし、上述の通り、データを作るために使用されない限り、排中律や他の古典的な原理の使用はバイトコードコンパイルやコード抽出と両立する。(訳者注: 上記の公理たちに関して言えば、データを作るために古典的な原理を使用したときに限り計算不可能になる。)
要約すると、宇宙、依存関数型、帰納型という基本的なフレームワークの上に、標準ライブラリはさらに3つの公理を追加している:
- 命題外延性の公理
propext
- 商型
Quot
の構築 : 関数外延性funext
を含意する - 選択原理
Classical.choice
: 存在命題Nonempty α
からデータa : α
を生成する
ここで、最初の2つはLeanにおける項の正規化をブロックするが、バイトコード評価とは両立する。一方で、3つ目は計算的に解釈することができない。以下でこれらの詳細について述べる。
Historical and Philosophical Context (歴史的文脈と哲学的文脈)
数学の歴史の大半において、数学は本質的に計算可能なものであった: 幾何学は幾何学的なオブジェクトの作図を扱い、代数学は連立方程式の計算可能な解法と関係があり、解析学は時間発展する物理系の将来の振る舞いを計算する手段を提供した。「任意の x
について、...を満たす y
が存在する(∀ x, ∃ y, ...
)」という定理の証明から、x
が与えられたときにそのような y
を計算するアルゴリズムを抽出するのは、一般的に簡単なことだった。
しかし、19世紀になり数学的議論の複雑さが増すと、数学者たちはアルゴリズム的情報を必須としない、数学的対象の具体的な表現方法の詳細を抽象化した数学的対象の記述を使う新たな推論様式を開発した。その目的は計算の細部に拘泥することなく強力な「概念的」理解を得ることだったが、結果として直観的で計算可能な体系では単に偽である数学的定理を認めることになった。
今日においても、計算が数学にとって重要であることはほとんど一律に合意されている。しかし、計算にまつわる問題にどのように対処するのが最善かについては、様々な見解がある。constructive(構成的)な観点からすれば、数学をその計算的ルーツから切り離すのは間違いである: 全ての意味のある数学の定理は、直観的で計算的な解釈を持つべきである。classical(古典的)な観点からすると、問題の分離を維持した方が有益である: 私たちは、プログラムについて推論するために非構成的な理論やメソッドを使う自由を維持しながら、コンピュータプログラムを書くためにある言語と付属するメソッドを使うことができる。Leanは構成的アプローチと古典的アプローチの両方をサポートするように設計されている。ライブラリのコア部分は構成的に開発されている(そのため古典的な原理を使わない選択ができる)が、システムは古典的な数学的推論を行うためのサポートも提供している。
依存型理論の最も計算上純粋な部分は Prop
型の使用を完全に避けている。帰納型と依存関数型はデータ型とみなすことができ、これらの型の項は、これ以上簡約規則を適用できなくなるまで簡約規則を適用することで「評価」することができる。原理的には、Nat
型の任意の閉項(自由変数を持たない項)は succ (succ (... (succ zero)...))
という数字に評価されるはずである。
証明無関係な Prop
型を導入し、定理に irreducible
とマークすることは、問題分離への第一歩である。このマークの意図は、型 p : Prop
の項は計算において何の役割も果たすべきでないということであり、その意味で項 t : p
の具体的な構成は計算に「無関係」である。Prop
型の項を組み込んだ計算可能オブジェクトを定義することはできる。ポイントは、Prop
型の項は「計算結果を推論」する役に立つが、項から「コードを抽出」するときには無視できるということである。しかし、Prop
型の項はまったく無害というわけではない。Prop
型の項には任意の型 α
とその項 s : α
、t : α
に対する等式 s = t : Prop
が含まれる。このような等式は項を型チェックするためにキャストとして使用される。以下では、このようなキャストがどのようにシステム内の計算をブロックしうるかの例を見ていく。しかし、命題の内容を消去し、中間の型付け制約を無視し、正規形に達するまで項を簡約する評価枠組みの中では、計算は依然として可能である。これはまさにLeanの仮想マシンが行っていることである。
証明無関係な Prop
を採用した場合、任意の命題 p
に対する排中律 p ∨ ¬p
を使うことは正当だと考えるかもしれない。もちろん、排中律がCICの規則に従って計算をブロックする可能性はあるが、上述のようにバイトコードの評価をブロックすることはない。Leanの基礎的理論において、計算に無関係な証明と計算に関係するデータの区別を完全に消し去り、データを計算不可能にするのは、節Choice (選択原理)で説明する選択原理だけである。
Propositional Extensionality (命題外延性)
命題外延性は次のような公理である:
namespace Hidden
axiom propext {a b : Prop} : (a ↔ b) → a = b
end Hidden
propext
は、2つの命題が互いを含意するとき、それらは実際に等しいと主張する公理である。これは命題の集合論的な解釈と一致する。命題の集合論的な解釈において、a : Prop
は空であるか、互いに区別されたある元 *
のみを含むシングルトン {*}
である。この公理は、どのようなコンテキストでも命題をそれと同値な命題に置き換えることができるという効果を持つ:
theorem thm₁ (a b c d e : Prop) (h : a ↔ b) : (c ∧ a ∧ d → e) ↔ (c ∧ b ∧ d → e) :=
propext h ▸ Iff.refl _
theorem thm₂ (a b : Prop) (p : Prop → Prop) (h : a ↔ b) (h₁ : p a) : p b :=
propext h ▸ h₁
#print axioms thm₁ -- 'thm₁' depends on axioms: [propext]
#print axioms thm₂ -- 'thm₂' depends on axioms: [propext]
Function Extensionality (関数外延性)
命題外延性と同様に、関数外延性は、全ての入力に対して出力が一致する (x : α) → β x
型の2つの関数は等しいことを主張する。
universe u v
#check (@funext :
{α : Type u}
→ {β : α → Type u}
→ {f g : (x : α) → β x}
→ (∀ (x : α), f x = g x)
→ f = g)
#print funext
古典的な集合論の観点からは、2つの関数が等しいというのはまさにこのことを意味する(eqfnfv - Metamath Proof Explorer)。これは関数の「外延的な」見方として知られている。しかし、構成的な観点からは、関数をアルゴリズム、あるいは何らかの明示的な方法で提示されるコンピュータプログラムと考える方が自然な場合もある。2つのコンピュータプログラムが、構文的には全く異なっているにも関わらず、全ての入力に対して同じ答えを計算できるという例は確かにある。同様に、同じ入出力動作をする2つの関数を同一視することを強制しないような関数の見方を維持したいと思うかもしれない。これは関数の「内包的な」見方として知られている。
関数外延性は商の存在から導かれる。この事実については次の節で説明する。実際、Leanの標準ライブラリでは、funext
は商の構築から証明されている。
α : Type
に対して、α
の部分集合の型を表す Set α := α → Prop
を定義したとする。つまり、部分集合と述語を本質的に同一視するとする。funext
と propext
を組み合わせることで、このような集合の「外延性の定理」setext
が得られる:
def Set (α : Type u) := α → Prop
namespace Set
def mem (x : α) (a : Set α) : Prop := a x
infix:50 (priority := high) "∈" => mem
theorem setext {a b : Set α} (h : ∀ (x : α), x ∈ a ↔ x ∈ b) : a = b :=
funext (fun x => propext (h x))
theorem setext' {a b : Set α} (h : ∀ (x : α), a x ↔ b x) : a = b :=
funext (fun x => propext (h x))
end Set
それから、例えば空集合や集合の共通部分を定義し、集合に関する恒等式を証明することができる:
def Set (α : Type u) := α → Prop
namespace Set
def mem (x : α) (a : Set α) := a x
infix:50 (priority := high) "∈" => mem
theorem setext {a b : Set α} (h : ∀ x, x ∈ a ↔ x ∈ b) : a = b :=
funext (fun x => propext (h x))
def empty : Set α := fun x => False
notation (priority := high) "∅" => empty
def inter (a b : Set α) : Set α :=
fun x => x ∈ a ∧ x ∈ b
infix:70 " ∩ " => inter
theorem inter_self (a : Set α) : a ∩ a = a :=
setext fun x => Iff.intro
(fun ⟨h, _⟩ => h)
(fun h => ⟨h, h⟩)
theorem inter_empty (a : Set α) : a ∩ ∅ = ∅ :=
setext fun x => Iff.intro
(fun ⟨_, h⟩ => h)
(fun h => False.elim h)
theorem empty_inter (a : Set α) : ∅ ∩ a = ∅ :=
setext fun x => Iff.intro
(fun ⟨h, _⟩ => h)
(fun h => False.elim h)
theorem inter.comm (a b : Set α) : a ∩ b = b ∩ a :=
setext fun x => Iff.intro
(fun ⟨h₁, h₂⟩ => ⟨h₂, h₁⟩)
(fun ⟨h₁, h₂⟩ => ⟨h₂, h₁⟩)
end Set
以下は、Leanのカーネル内部で関数外延性がどのように計算をブロックするかの一例である。
def f (x : Nat) := x
def g (x : Nat) := 0 + x
theorem f_eq_g : f = g :=
funext fun x => (Nat.zero_add x).symm
def val : Nat :=
Eq.recOn (motive := fun _ _ => Nat) f_eq_g 0
-- does not reduce to 0
#reduce val
-- evaluates to 0
#eval val
まず、関数外延性を用いて2つの関数 f
と g
が等しいことを示す。次に 0
の型 Nat
の中に登場する f
を g
に置き換えて 0
をキャストする。もちろん Nat
は f
に依存しないので、このキャストは実質的に何もしない。しかし、計算をブロックするにはこれで十分である: このシステムの計算規則の下で、数字に簡約されない Nat
の閉項 val
を手に入れた。今回の場合、val
を 0
に簡約してほしいと思うかもしれない。しかし、自明でない例では、このようなキャストを除去すると項の型が変わり、周囲の式の型が不正確になる可能性がある。しかしながら、仮想マシンは何の問題もなく val
を 0
に評価できる。次は propext
がどのように計算をブロックするかを示す、上と似た作為的な例である。
theorem tteq : (True ∧ True) = True :=
propext (Iff.intro (fun ⟨h, _⟩ => h) (fun h => ⟨h, h⟩))
def val : Nat :=
Eq.recOn (motive := fun _ _ => Nat) tteq 0
-- does not reduce to 0
#reduce val
-- evaluates to 0
#eval val
observational type theoryやcubical type theoryを含む現在の型理論の研究プログラムは、関数外延性や商などを含む型キャストに対する簡約を許可する方法で型理論を拡張することを目指している。しかし、解決策はそれほど明確ではなく、Leanの基礎となるcalculusの規則はそのようなキャストの簡約を認めていない。
しかしながらある意味では、キャストは式の意味を変えるものではない。むしろ、キャストは式の型を推論するためのメカニズムだと言える。適切な意味論が与えられれば、簡約前後で型付けの正しさを保存するために必要な中間的な記録を無視して、項の意味を保持するやり方で項を簡約することは理にかなっている。
簡約可能性について、Prop
に新しい公理を追加することは問題にならない。証明無関係により、Prop
の項は何の情報も持たない。したがって、簡約手続きにおいて Prop
の項は安全に無視できる。
Quotients (商)
α
を任意の型とし、r
を α
上の同値関係とする。数学において、quotient(商) α / r
、つまり「α
の項の r
による同値類」全体からなる型を作ることは一般的である。集合論的には、α / r
を α
の項の r
による同値類全体からなる集合とみなすことができる。このとき、∀ a b, r a b → f a = f b
を満たすという意味で同値関係を尊重する任意の関数 f : α → β
を、各同値類 ⟦x⟧
に対して f' ⟦x⟧ = f x
で定義される関数 f' : α / r → β
に「持ち上げる」ことができる。Leanの標準ライブラリは、まさにこのような構築を実行する定数(公理)をいくつか追加することで、Calculus of Constructionsを拡張している。そして、これらの最後の公理 Quot.lift
をdefinitionalな除去則として導入している。
最も基本的な形では、商の構築 Quot.mk
は r
が同値関係であることさえ要求しない。Leanには以下の定数(公理)がビルトインに(ライブラリの最初のファイル Init.Prelude
より先に)定義されている:
namespace Hidden
universe u v
axiom Quot : {α : Sort u} → (α → α → Prop) → Sort u
axiom Quot.mk : {α : Sort u} → (r : α → α → Prop) → α → Quot r
axiom Quot.ind :
∀ {α : Sort u} {r : α → α → Prop} {β : Quot r → Prop},
(∀ a, β (Quot.mk r a)) → (q : Quot r) → β q
axiom Quot.lift :
{α : Sort u} → {r : α → α → Prop} → {β : Sort u} → (f : α → β)
→ (∀ a b, r a b → f a = f b) → Quot r → β
end Hidden
最初の公理 Quot
は、型 α
と α
上の二項関係 r
が与えられたときに型 Quot r
を形成する。2つ目の公理 Quot.mk
は、α
の項を Quot r
の項に写すもので、r : α → α → Prop
と a : α
があれば、Quot.mk r a
は Quot r
の項である。3つ目の公理 Quot.ind
は、全ての Quot r
の項が Quot.mk r a
の形をとることを示す(Quot r → Prop
を Set (Quot r)
とみなすと分かりやすい)。4つ目の公理 Quot.lift
は、関数 f : α → β
が与えられたとき、h
が「f
は関係 r
を尊重する」ことの証明であれば、Quot.lift f h
は f
に対応する Quot r
上の関数であることを主張する。この考え方は、h
が「f
はwell-definedである」ことを示す証明なら、関数 Quot.lift f h
は α
の各項 a
について、Quot.mk r a
(a
を含む r
-(同値)類)を f a
に写す、というものである。以下の証明で明らかなように、計算原理 Quot.Lift
は除去則として宣言されている。
def mod7Rel (x y : Nat) : Prop :=
x % 7 = y % 7
-- 商型 `Quot mod7Rel`
#check (Quot mod7Rel : Type)
-- `4` を含む `mod7Rel`-(同値)類
#check (Quot.mk mod7Rel 4 : Quot mod7Rel)
def f (x : Nat) : Bool :=
x % 7 = 0
theorem f_respects (a b : Nat) (h : mod7Rel a b) : f a = f b := by
simp [mod7Rel, f] at *
rw [h]
def f' (x : Quot mod7Rel) : Bool :=
Quot.lift f f_respects x
#check (f' : Quot mod7Rel → Bool)
-- 計算原理
example (a : Nat) : f' (Quot.mk mod7Rel a) = f a :=
rfl
4つの定数(公理) Quot
、Quot.mk
、Quot.ind
、Quot.lift
自体はあまり強くない。Quot r
を単に α
とみなし、Quot.lift
を(h
を無視して) α → β
上の恒等関数とみなせば、Quot.ind
が満たされることが確認できる。そのため、これら4つの公理は追加の公理とはみなさない。
variable (α β : Type)
variable (r : α → α → Prop)
variable (a : α)
variable (f : α → β)
variable (h : ∀ a₁ a₂, r a₁ a₂ → f a₁ = f a₂)
theorem thm : Quot.lift f h (Quot.mk r a) = f a := rfl
#print axioms thm -- 'thm' does not depend on any axioms
これら4つの公理は、帰納型や帰納型に関連するコンストラクタと再帰子と同様に、logical framework(論理フレームワーク)の一部とみなされる。
Quot
を正真正銘の商にするのは、次の追加公理 Quot.sound
である:
namespace Hidden
universe u v
axiom Quot.sound :
∀ {α : Type u} {r : α → α → Prop} {a b : α},
r a b → Quot.mk r a = Quot.mk r b
end Hidden
これは「α
の任意の2つの項は、r
によって関係しているなら、商の中で同一視される」と主張する公理である。定義や定理 foo
が Quot.sound
を使っている場合、コマンド #print axioms foo
は Quot.sound
を表示する。
もちろん、商の構築は r
が同値関係である場合に最もよく使われる。上記のように r
が与えられたとき、r' a b
と Quot.mk r a = Quot.mk r b
が同値になるように r'
を定義すれば、r'
が同値関係であることは明らかである。実際、r'
は関数 a ↦ quot.mk r a
のkernel(核)である。公理 Quot.sound
は、r a b
が r' a b
を含意すると主張している。Quot.lift
と Quot.ind
を使えば、「r
を含む任意の同値関係 r''
に対して、r' a b
は r'' a b
を含意する」という意味で、r'
が r
を含む最小の同値関係であることを証明できる。特に、r
がそもそも同値関係であったならば、任意の a
と b
に対して、r a b
と r' a b
が同値であることが証明できる。
同値関係や商の一般的なユースケースをサポートするために、標準ライブラリはsetoidという概念を定義している。これは単に同値関係を持つ型である:
namespace Hidden
class Setoid (α : Sort u) where
r : α → α → Prop
iseqv : Equivalence r
instance {α : Sort u} [Setoid α] : HasEquiv α :=
⟨Setoid.r⟩
namespace Setoid
variable {α : Sort u} [Setoid α]
theorem refl (a : α) : a ≈ a :=
iseqv.refl a
theorem symm {a b : α} (hab : a ≈ b) : b ≈ a :=
iseqv.symm hab
theorem trans {a b c : α} (hab : a ≈ b) (hbc : b ≈ c) : a ≈ c :=
iseqv.trans hab hbc
end Setoid
end Hidden
型 α
、α
上の二項関係 r
、r
が同値関係であることの証明 p
が与えられたとき、Setoid.mk r p
により Setoid
クラスのインスタンスを定義することができる。
namespace Hidden
def Quotient {α : Sort u} (s : Setoid α) :=
@Quot α Setoid.r
end Hidden
定数(公理) Quotient.mk
、Quotient.ind
、Quotient.lift
、Quotient.sound
は Quot
の対応する要素の特殊化に他ならない。型クラス推論が型 Setoid α
のインスタンスを見つけることができるという事実は、多くの利点をもたらす。まず、Setoid.r a b
を a ≈ b
(\approx
と打つと入力できる)と略記することができる。ここで、Setoid.r
という表記について、Setoid
のインスタンスが暗黙の引数となっていることに注意してほしい。また、Setoid.refl
、Setoid.symm
、Setoid.trans
という一般的な定理を使って同値関係に関する推論を行うことができる。商においては特に Quot.mk Setoid.r a
の一般的な略記 ⟦a⟧
を使うことができる。ここでも Setoid.r
表記に関して Setoid
のインスタンスが暗黙の引数となっている。Quotient.exact
という定理もある:
universe u
#check (@Quotient.exact :
∀ {α : Sort u} {s : Setoid α} {a b : α},
Quotient.mk s a = Quotient.mk s b → a ≈ b)
Quotient.exact
と Quotient.sound
を組み合わせると、Quotient s
の各項が α
の項の各同値類と正確に対応することが導かれる。
標準ライブラリでは、型 α × β
は型 α
と β
の直積を表すことを思い出してほしい。商の使い方を説明するために、型 α
の項からなる非順序対の型を、型 α × α
の商として定義してみよう。まず、関連する同値関係を定義する:
private def eqv (p₁ p₂ : α × α) : Prop :=
(p₁.1 = p₂.1 ∧ p₁.2 = p₂.2) ∨ (p₁.1 = p₂.2 ∧ p₁.2 = p₂.1)
infix:50 " ~ " => eqv
次のステップは、eqv
が実際に同値関係であること、つまり反射的、対称的、推移的であることを証明することである。依存パターンマッチングを使って場合分けし、仮説を分解し、それを組み立てて結論を出すことで、便利で読みやすい方法でこれら3つの事実を証明することができる。
private def eqv (p₁ p₂ : α × α) : Prop :=
(p₁.1 = p₂.1 ∧ p₁.2 = p₂.2) ∨ (p₁.1 = p₂.2 ∧ p₁.2 = p₂.1)
infix:50 " ~ " => eqv
private theorem eqv.refl (p : α × α) : p ~ p :=
Or.inl ⟨rfl, rfl⟩
private theorem eqv.symm : ∀ {p₁ p₂ : α × α}, p₁ ~ p₂ → p₂ ~ p₁
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (Or.inl ⟨a₁b₁, a₂b₂⟩) =>
Or.inl (by simp_all)
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (Or.inr ⟨a₁b₂, a₂b₁⟩) =>
Or.inr (by simp_all)
private theorem eqv.trans : ∀ {p₁ p₂ p₃ : α × α}, p₁ ~ p₂ → p₂ ~ p₃ → p₁ ~ p₃
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (c₁, c₂), Or.inl ⟨a₁b₁, a₂b₂⟩, Or.inl ⟨b₁c₁, b₂c₂⟩ =>
Or.inl (by simp_all)
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (c₁, c₂), Or.inl ⟨a₁b₁, a₂b₂⟩, Or.inr ⟨b₁c₂, b₂c₁⟩ =>
Or.inr (by simp_all)
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (c₁, c₂), Or.inr ⟨a₁b₂, a₂b₁⟩, Or.inl ⟨b₁c₁, b₂c₂⟩ =>
Or.inr (by simp_all)
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (c₁, c₂), Or.inr ⟨a₁b₂, a₂b₁⟩, Or.inr ⟨b₁c₂, b₂c₁⟩ =>
Or.inl (by simp_all)
private theorem is_equivalence : Equivalence (@eqv α) :=
{ refl := eqv.refl, symm := eqv.symm, trans := eqv.trans }
eqv
が同値関係であることが証明されたので、Setoid (α × α)
のインスタンスを構築することができ、Setoid (α × α)
を使って非順序対の型 UProd α
を定義することができる。
private def eqv (p₁ p₂ : α × α) : Prop :=
(p₁.1 = p₂.1 ∧ p₁.2 = p₂.2) ∨ (p₁.1 = p₂.2 ∧ p₁.2 = p₂.1)
infix:50 " ~ " => eqv
private theorem eqv.refl (p : α × α) : p ~ p :=
Or.inl ⟨rfl, rfl⟩
private theorem eqv.symm : ∀ {p₁ p₂ : α × α}, p₁ ~ p₂ → p₂ ~ p₁
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (Or.inl ⟨a₁b₁, a₂b₂⟩) =>
Or.inl (by simp_all)
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (Or.inr ⟨a₁b₂, a₂b₁⟩) =>
Or.inr (by simp_all)
private theorem eqv.trans : ∀ {p₁ p₂ p₃ : α × α}, p₁ ~ p₂ → p₂ ~ p₃ → p₁ ~ p₃
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (c₁, c₂), Or.inl ⟨a₁b₁, a₂b₂⟩, Or.inl ⟨b₁c₁, b₂c₂⟩ =>
Or.inl (by simp_all)
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (c₁, c₂), Or.inl ⟨a₁b₁, a₂b₂⟩, Or.inr ⟨b₁c₂, b₂c₁⟩ =>
Or.inr (by simp_all)
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (c₁, c₂), Or.inr ⟨a₁b₂, a₂b₁⟩, Or.inl ⟨b₁c₁, b₂c₂⟩ =>
Or.inr (by simp_all)
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (c₁, c₂), Or.inr ⟨a₁b₂, a₂b₁⟩, Or.inr ⟨b₁c₂, b₂c₁⟩ =>
Or.inl (by simp_all)
private theorem is_equivalence : Equivalence (@eqv α) :=
{ refl := eqv.refl, symm := eqv.symm, trans := eqv.trans }
instance uprodSetoid (α : Type u) : Setoid (α × α) where
r := eqv
iseqv := is_equivalence
def UProd (α : Type u) : Type u :=
Quotient (uprodSetoid α)
namespace UProd
def mk {α : Type} (a₁ a₂ : α) : UProd α :=
Quotient.mk' (a₁, a₂)
notation "{ " a₁ ", " a₂ " }" => mk a₁ a₂
end UProd
非順序対 Quotient.mk' (a₁, a₂)
に対する略記 {a₁, a₂}
をローカルに定義していることに注意してほしい。この略記は説明を目的とするなら便利であるが、レコードや集合のような対象を表すのに波括弧を使いにくくなるので、一般的には良いアイデアではない。
既に (a₁, a₂) ~ (a₂, a₁)
を証明してあるので、Quot.sound
を使うことで {a₁, a₂} = {a₂, a₁}
を簡単に証明することができる。
private def eqv (p₁ p₂ : α × α) : Prop :=
(p₁.1 = p₂.1 ∧ p₁.2 = p₂.2) ∨ (p₁.1 = p₂.2 ∧ p₁.2 = p₂.1)
infix:50 " ~ " => eqv
private theorem eqv.refl (p : α × α) : p ~ p :=
Or.inl ⟨rfl, rfl⟩
private theorem eqv.symm : ∀ {p₁ p₂ : α × α}, p₁ ~ p₂ → p₂ ~ p₁
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (Or.inl ⟨a₁b₁, a₂b₂⟩) =>
Or.inl (by simp_all)
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (Or.inr ⟨a₁b₂, a₂b₁⟩) =>
Or.inr (by simp_all)
private theorem eqv.trans : ∀ {p₁ p₂ p₃ : α × α}, p₁ ~ p₂ → p₂ ~ p₃ → p₁ ~ p₃
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (c₁, c₂), Or.inl ⟨a₁b₁, a₂b₂⟩, Or.inl ⟨b₁c₁, b₂c₂⟩ =>
Or.inl (by simp_all)
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (c₁, c₂), Or.inl ⟨a₁b₁, a₂b₂⟩, Or.inr ⟨b₁c₂, b₂c₁⟩ =>
Or.inr (by simp_all)
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (c₁, c₂), Or.inr ⟨a₁b₂, a₂b₁⟩, Or.inl ⟨b₁c₁, b₂c₂⟩ =>
Or.inr (by simp_all)
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (c₁, c₂), Or.inr ⟨a₁b₂, a₂b₁⟩, Or.inr ⟨b₁c₂, b₂c₁⟩ =>
Or.inl (by simp_all)
private theorem is_equivalence : Equivalence (@eqv α) :=
{ refl := eqv.refl, symm := eqv.symm, trans := eqv.trans }
instance uprodSetoid (α : Type u) : Setoid (α × α) where
r := eqv
iseqv := is_equivalence
def UProd (α : Type u) : Type u :=
Quotient (uprodSetoid α)
namespace UProd
def mk {α : Type} (a₁ a₂ : α) : UProd α :=
Quotient.mk' (a₁, a₂)
notation "{ " a₁ ", " a₂ " }" => mk a₁ a₂
theorem mk_eq_mk (a₁ a₂ : α) : {a₁, a₂} = {a₂, a₁} :=
Quot.sound (Or.inr ⟨rfl, rfl⟩)
end UProd
この例を完成させるため、a : α
と u : UProd α
に対して、a
が非順序対 u
の要素の1つである場合に成立する命題 a ∈ u
を定義する。まず、順序対に対して同じような命題 mem_fn a u
を定義する。次に mem_fn
が同値関係 eqv
を尊重することを補題 mem_respects
で示す。これはLeanの標準ライブラリで広く使われているイディオムである。
private def eqv (p₁ p₂ : α × α) : Prop :=
(p₁.1 = p₂.1 ∧ p₁.2 = p₂.2) ∨ (p₁.1 = p₂.2 ∧ p₁.2 = p₂.1)
infix:50 " ~ " => eqv
private theorem eqv.refl (p : α × α) : p ~ p :=
Or.inl ⟨rfl, rfl⟩
private theorem eqv.symm : ∀ {p₁ p₂ : α × α}, p₁ ~ p₂ → p₂ ~ p₁
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (Or.inl ⟨a₁b₁, a₂b₂⟩) =>
Or.inl (by simp_all)
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (Or.inr ⟨a₁b₂, a₂b₁⟩) =>
Or.inr (by simp_all)
private theorem eqv.trans : ∀ {p₁ p₂ p₃ : α × α}, p₁ ~ p₂ → p₂ ~ p₃ → p₁ ~ p₃
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (c₁, c₂), Or.inl ⟨a₁b₁, a₂b₂⟩, Or.inl ⟨b₁c₁, b₂c₂⟩ =>
Or.inl (by simp_all)
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (c₁, c₂), Or.inl ⟨a₁b₁, a₂b₂⟩, Or.inr ⟨b₁c₂, b₂c₁⟩ =>
Or.inr (by simp_all)
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (c₁, c₂), Or.inr ⟨a₁b₂, a₂b₁⟩, Or.inl ⟨b₁c₁, b₂c₂⟩ =>
Or.inr (by simp_all)
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), (c₁, c₂), Or.inr ⟨a₁b₂, a₂b₁⟩, Or.inr ⟨b₁c₂, b₂c₁⟩ =>
Or.inl (by simp_all)
private theorem is_equivalence : Equivalence (@eqv α) :=
{ refl := eqv.refl, symm := eqv.symm, trans := eqv.trans }
instance uprodSetoid (α : Type u) : Setoid (α × α) where
r := eqv
iseqv := is_equivalence
def UProd (α : Type u) : Type u :=
Quotient (uprodSetoid α)
namespace UProd
def mk {α : Type} (a₁ a₂ : α) : UProd α :=
Quotient.mk' (a₁, a₂)
notation "{ " a₁ ", " a₂ " }" => mk a₁ a₂
theorem mk_eq_mk (a₁ a₂ : α) : {a₁, a₂} = {a₂, a₁} :=
Quot.sound (Or.inr ⟨rfl, rfl⟩)
private def mem_fn (a : α) : α × α → Prop
| (a₁, a₂) => a = a₁ ∨ a = a₂
-- auxiliary lemma for proving mem_respects
private theorem mem_swap {a : α} :
∀ {p : α × α}, mem_fn a p = mem_fn a (⟨p.2, p.1⟩)
| (a₁, a₂) => by
apply propext
apply Iff.intro
. intro
| Or.inl h => exact Or.inr h
| Or.inr h => exact Or.inl h
. intro
| Or.inl h => exact Or.inr h
| Or.inr h => exact Or.inl h
private theorem mem_respects
: {p₁ p₂ : α × α} → (a : α) → p₁ ~ p₂ → mem_fn a p₁ = mem_fn a p₂
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), a, Or.inl ⟨a₁b₁, a₂b₂⟩ => by simp_all
| (a₁, a₂), (b₁, b₂), a, Or.inr ⟨a₁b₂, a₂b₁⟩ => by simp_all; apply mem_swap
def mem (a : α) (u : UProd α) : Prop :=
Quot.liftOn u (fun p => mem_fn a p) (fun p₁ p₂ e => mem_respects a e)
infix:50 (priority := high) " ∈ " => mem
theorem mem_mk_left (a b : α) : a ∈ {a, b} :=
Or.inl rfl
theorem mem_mk_right (a b : α) : b ∈ {a, b} :=
Or.inr rfl
theorem mem_or_mem_of_mem_mk {a b c : α} : c ∈ {a, b} → c = a ∨ c = b :=
fun h => h
end UProd
利便性のため、標準ライブラリは2変数関数を「持ち上げる」ための Quotient.lift₂
と、2変数帰納法のための Quotient.ind₂
も定義している。
最後に、なぜ商の構築が関数外延性を含意するのかについて、いくつかのヒントを示してこの節を締めくくる。型 (x : α) → β x
を持つ関数の外延性等式が同値関係であることを示すのは難しくない。したがって、「同値関係を足した」依存関数型 extfun α β
を考えることができる。もちろん、関数適用は f₁
と f₂
が同値関係にあるなら、f₁ a
は f₂ a
と等しいという意味で、同値関係を尊重する。したがって、関数適用は関数 extfun_app : extfun α β → (x : α) → β x
に持ち上げられる。しかし、任意の f
について、extfun_app ⟦f⟧
は fun x => f x
とdefinitionally equalであり、結果として f
とdefinitionally equalである。したがって、f₁
と f₂
が外延的に等しいとき、次のような等号の連鎖が成り立つ:
f₁ = extfun_app ⟦f₁⟧ = extfun_app ⟦f₂⟧ = f₂
結果として、f₁
と f₂
は等しい。
Choice (選択原理)
標準ライブラリで定義されている最後の公理(選択原理)を述べるには、次のように定義される Nonempty
型が必要である:
namespace Hidden
class inductive Nonempty (α : Sort u) : Prop where
| intro (val : α) : Nonempty α
end Hidden
Nonempty α
型は Prop
型を持ち、そのコンストラクタはデータを含むので、Inductively Defined Propositions (帰納的に定義された命題)の節で見た通り、Nonempty α
型を除去しても命題を作ることしかできない。実際、Nonempty α
は ∃ x : α, True
と同値である:
example (α : Type u) : Nonempty α ↔ ∃ x : α, True :=
Iff.intro (fun ⟨a⟩ => ⟨a, trivial⟩) (fun ⟨a, h⟩ => ⟨a⟩)
Lean版の選択公理は次のようにシンプルに表現される:
namespace Hidden
universe u
axiom choice {α : Sort u} : Nonempty α → α
end Hidden
「α
は空でない」ことの証明 h
さえあれば、choice h
は魔法のように α
の項を生成する。もちろん、choice
の使用は意味のある計算をブロックする: 証明無関係の考え方の下では、h
はそのような項を見つける方法に関する情報を全く含んでいない。
choice
は Classical
という名前空間の中にあるため、この公理のフルネームは Classical.choice
である。選択原理はindefinite description(不定的記述)の原理と同値である。不定的記述の原理はsubtypes(部分型)を使って次のように表すことができる:
namespace Hidden
universe u
axiom choice {α : Sort u} : Nonempty α → α
noncomputable def indefiniteDescription {α : Sort u} (p : α → Prop)
(h : ∃ x, p x) : {x // p x} :=
choice <| let ⟨x, px⟩ := h; ⟨⟨x, px⟩⟩
end Hidden
この定義は choice
に依存するため、Leanは indefiniteDescription
のバイトコードを生成できない。したがって、この定義を noncomputable
とマークする必要がある。また、Classical
名前空間では、関数 choose
とプロパティ choose_spec
は indefiniteDescription
の(2つの要素からなる)出力を分解し、各要素を抽出する:
open Classical
namespace Hidden
noncomputable def choose {α : Sort u} {p : α → Prop} (h : ∃ x, p x) : α :=
(indefiniteDescription p h).val
theorem choose_spec {α : Sort u} {p : α → Prop} (h : ∃ x, p x) : p (choose h) :=
(indefiniteDescription p h).property
end Hidden
また、選択原理 Choice
は「空でない」という性質 Nonempty
と「有項である」というより構成的な性質 Inhabited
の区別をなくしてしまう:
open Classical
theorem inhabited_of_nonempty : Nonempty α → Inhabited α :=
fun h => choice (let ⟨a⟩ := h; ⟨⟨a⟩⟩)
次節では propext
、funext
、choice
の3つを合わせると、排中律と任意の命題の決定可能性が導かれることを説明する。これらを用いると、不定的記述の原理を次のように強化することができる:
open Classical
universe u
#check (@strongIndefiniteDescription :
{α : Sort u} → (p : α → Prop)
→ Nonempty α → {x // (∃ (y : α), p y) → p x})
前提となる型 α
が空でないとすると、p
を満たす項が存在するなら、strongIndefiniteDescription p
は p
を満たす項 x
を生成する(p
を満たす項が存在しないなら、strongIndefiniteDescription p
は choice
により生成された型 α
の任意の項を返す)。この関数 strongIndefiniteDescription
の出力から値要素を抽出する関数はHilbert's epsilon function(ヒルベルトのε関数)として知られている:
open Classical
universe u
#check (@epsilon :
{α : Sort u} → [Nonempty α]
→ (α → Prop) → α)
#check (@epsilon_spec :
∀ {α : Sort u} {p : α → Prop} (hex : ∃ (y : α), p y),
p (@epsilon _ (nonempty_of_exists hex) p))
関数 epsilon_spec
は、p
を満たす項が存在するという証明を受け取ると、p (epsilon p)
の証明を返す。
The Law of the Excluded Middle (排中律)
排中律は次のように表現される:
open Classical
#check (@em : ∀ (p : Prop), p ∨ ¬p)
Diaconescuの定理は、選択公理から排中律が導かれることを述べている。より正確には、Diaconescuの定理は、Classical.choice
、propext
、funext
から排中律が導かれることを示している。以下に標準ライブラリにあるDiaconescuの定理の証明を記す。
まず、必要な公理をインポートして、2つの述語 U
と V
を定義する:
namespace Hidden
open Classical
theorem em (p : Prop) : p ∨ ¬p :=
let U (x : Prop) : Prop := x = True ∨ p
let V (x : Prop) : Prop := x = False ∨ p
have exU : ∃ x, U x := ⟨True, Or.inl rfl⟩
have exV : ∃ x, V x := ⟨False, Or.inl rfl⟩
sorry
end Hidden
もし p
が真なら、Prop
型の任意の項は U
と V
の両方に属する。もし p
が偽なら、U
はシングルトン True
であり、V
はシングルトン False
である。
次に、choose
を使って U
の元と V
の元を1つ選ぶ:
namespace Hidden
open Classical
theorem em (p : Prop) : p ∨ ¬p :=
let U (x : Prop) : Prop := x = True ∨ p
let V (x : Prop) : Prop := x = False ∨ p
have exU : ∃ x, U x := ⟨True, Or.inl rfl⟩
have exV : ∃ x, V x := ⟨False, Or.inl rfl⟩
let u : Prop := choose exU
let v : Prop := choose exV
have u_def : U u := choose_spec exU
have v_def : V v := choose_spec exV
sorry
end Hidden
U
と V
はそれぞれ選言命題なので、u_def
と v_def
の組は計4つのケースを表している。これらのケースのうち1つでは u = True
かつ v = False
であり、他の全てのケースでは p
が真である。したがって、次のようになる:
namespace Hidden
open Classical
theorem em (p : Prop) : p ∨ ¬p :=
let U (x : Prop) : Prop := x = True ∨ p
let V (x : Prop) : Prop := x = False ∨ p
have exU : ∃ x, U x := ⟨True, Or.inl rfl⟩
have exV : ∃ x, V x := ⟨False, Or.inl rfl⟩
let u : Prop := choose exU
let v : Prop := choose exV
have u_def : U u := choose_spec exU
have v_def : V v := choose_spec exV
have not_uv_or_p : u ≠ v ∨ p :=
match u_def, v_def with
| Or.inr h, _ => Or.inr h
| _, Or.inr h => Or.inr h
| Or.inl hut, Or.inl hvf =>
have hne : u ≠ v := by simp [hvf, hut, true_ne_false]
Or.inl hne
sorry
end Hidden
一方、p
が真であれば、関数外延性と命題外延性によって U
と V
は等しい。u
と v
の定義により、u
と v
も等しいことがわかる。
namespace Hidden
open Classical
theorem em (p : Prop) : p ∨ ¬p :=
let U (x : Prop) : Prop := x = True ∨ p
let V (x : Prop) : Prop := x = False ∨ p
have exU : ∃ x, U x := ⟨True, Or.inl rfl⟩
have exV : ∃ x, V x := ⟨False, Or.inl rfl⟩
let u : Prop := choose exU
let v : Prop := choose exV
have u_def : U u := choose_spec exU
have v_def : V v := choose_spec exV
have not_uv_or_p : u ≠ v ∨ p :=
match u_def, v_def with
| Or.inr h, _ => Or.inr h
| _, Or.inr h => Or.inr h
| Or.inl hut, Or.inl hvf =>
have hne : u ≠ v := by simp [hvf, hut, true_ne_false]
Or.inl hne
have p_implies_uv : p → u = v :=
fun hp =>
have hpred : U = V :=
funext fun x =>
have hl : (x = True ∨ p) → (x = False ∨ p) :=
fun _ => Or.inr hp
have hr : (x = False ∨ p) → (x = True ∨ p) :=
fun _ => Or.inr hp
show (x = True ∨ p) = (x = False ∨ p) from
propext (Iff.intro hl hr)
have h₀ : ∀ exU exV, @choose _ U exU = @choose _ V exV := by
rw [hpred]; intros; rfl
show u = v from h₀ _ _
sorry
end Hidden
not_uv_or_p
と p_implies_uv
をまとめると、所望の結論が得られる:
namespace Hidden
open Classical
theorem em (p : Prop) : p ∨ ¬p :=
let U (x : Prop) : Prop := x = True ∨ p
let V (x : Prop) : Prop := x = False ∨ p
have exU : ∃ x, U x := ⟨True, Or.inl rfl⟩
have exV : ∃ x, V x := ⟨False, Or.inl rfl⟩
let u : Prop := choose exU
let v : Prop := choose exV
have u_def : U u := choose_spec exU
have v_def : V v := choose_spec exV
have not_uv_or_p : u ≠ v ∨ p :=
match u_def, v_def with
| Or.inr h, _ => Or.inr h
| _, Or.inr h => Or.inr h
| Or.inl hut, Or.inl hvf =>
have hne : u ≠ v := by simp [hvf, hut, true_ne_false]
Or.inl hne
have p_implies_uv : p → u = v :=
fun hp =>
have hpred : U = V :=
funext fun x =>
have hl : (x = True ∨ p) → (x = False ∨ p) :=
fun _ => Or.inr hp
have hr : (x = False ∨ p) → (x = True ∨ p) :=
fun _ => Or.inr hp
show (x = True ∨ p) = (x = False ∨ p) from
propext (Iff.intro hl hr)
have h₀ : ∀ exU exV, @choose _ U exU = @choose _ V exV := by
rw [hpred]; intros; rfl
show u = v from h₀ _ _
match not_uv_or_p with
| Or.inl hne => Or.inr (mt p_implies_uv hne)
| Or.inr h => Or.inl h
end Hidden
排中律の系としては、二重否定除去、場合分けによる証明、矛盾による証明などがあり、これらは全て節Classical Logic (古典論理)で説明されている。排中律と命題外延性は命題完全性を含意する:
namespace Hidden
open Classical
theorem propComplete (a : Prop) : a = True ∨ a = False :=
match em a with
| Or.inl ha => Or.inl (propext (Iff.intro (fun _ => ⟨⟩) (fun _ => ha)))
| Or.inr hn => Or.inr (propext (Iff.intro (fun h => hn h) (fun h => False.elim h)))
end Hidden
選択原理と合わせると、「全ての命題は決定可能である」というより強い原理も得られる。決定可能命題のクラス Decidable
は次のように定義されることを思い出してほしい:
namespace Hidden
class inductive Decidable (p : Prop) where
| isFalse (h : ¬p) : Decidable p
| isTrue (h : p) : Decidable p
end Hidden
除去により Prop
型の項しか作れない p ∨ ¬ p
とは対照的に、型 Decidable p
は直和型 Sum p (¬ p)
と等価であり、除去により任意の型の項を作ることができる。型 Decidable p
のデータはif-then-else式を書くのに必要である。
古典的推論の例と同様に、「f : α → β
が単射で α
が有項なら、f
は左逆写像を持つ」という定理を証明するためにも choose
を使う。左逆写像 linv
を定義するために、依存if-then-else式を用いる。if h : c then t else e
は dite c (fun h : c => t) (fun h : ¬ c => e)
の略記であることを思い出してほしい。linv
の定義の中で、選択原理は2回使われている: 選択原理は、まず (∃ a : A, f a = b)
が「決定可能」であることを示すために、そして f a = b
を満たす a
を選ぶために使われている。propDecidable
はスコープ付きインスタンスであり、open Classical
コマンドによって利用可能になることに注意してほしい。このインスタンスにより、このif-then-else式の使用が正当化される(節Decidable Propositions (決定可能命題)の説明も参照のこと)。
open Classical
noncomputable def linv [Inhabited α] (f : α → β) : β → α :=
fun b : β => if ex : (∃ a : α, f a = b) then choose ex else default
theorem linv_comp_self {f : α → β} [Inhabited α]
(inj : ∀ {a b}, f a = f b → a = b)
: linv f ∘ f = id :=
funext fun a =>
have ex : ∃ a₁ : α, f a₁ = f a := ⟨a, rfl⟩
have feq : f (choose ex) = f a := choose_spec ex
calc linv f (f a)
_ = choose ex := dif_pos ex
_ = a := inj feq
古典的な観点からすると、linv
は関数である。構成的な観点からすると、linv
の定義は受け入れがたい: 一般にこのような関数を実装する方法はないため、この構築は何の情報も持たない。