🔼高階数理最適化
⬅️可能世界エントロピー
🔗主義者
🔗DwG-4-2:自由主義の定義
定義
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まず、現実世界が多プレイヤー不完全不完備情報ゲームであると仮定します。このとき、Maxi-Min自由主義を「全プレイヤーが不幸にも可能世界の総数が最小化されるような選択を取り続けたときの可能世界の総数(最悪ケースでの可能世界の総数)の最大化」を目指すような数理最適化問題と定義します。
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次に、現実世界が多プレイヤー不完全不完備情報確率ゲームであると仮定します。このとき、Maxi-Min自由主義を「最悪ケースでの可能世界エントロピーの最大化」を目指すような数理最適化問題と定義します。
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Maxi-Min自由主義を集団における数理最適化問題として採用した主義者をMaxi-Min自由主義者(あるいは単に自由主義者)と呼びます。
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この文脈において、「最悪ケースでの可能世界の総数」や「最悪ケースでの可能世界エントロピー」を単に「自由」と表現することがあります。
見解
- 最悪ケースでの可能世界の総数を最大化するには、各プレイヤーの選択肢集合を「適度に」制限する必要があります。
- プレイヤーとがこの順に1回行動するだけの単純なゲームを例として挙げます。とが互いに所持金500円を持っているとし、制限をかける前の各々の選択肢集合,を次のように定義します。
- まず、とに何の制限もかけない場合を考えます。です。
- が「何もしない」を選択した場合、は任意の選択が可能です。従ってであり、可能世界の総数はです。
- が「商品を買う」を選択した場合、は「何もしない」または「商品を買う」選択のみが可能です。従ってであり、可能世界の総数はです。
- が「商品を買う」を選択した場合、は「何もしない」選択のみが可能です。従ってであり、可能世界の総数はです。
- 以上より、最悪ケースでの可能世界の総数はです。
- 次に、から「商品を買う」選択肢を除いた場合を考えます。です。
- が「何もしない」を選択した場合、は任意の選択が可能です。従ってであり、可能世界の総数はです。
- が「商品を買う」を選択した場合、は「何もしない」または「商品を買う」選択のみが可能です。従ってであり、可能世界の総数はです。
- 以上より、最悪ケースでの可能世界の総数はです。
- 最後に、から「商品を買う」と「商品を買う」選択肢を除いた場合を考えます。です。このとき、は任意の選択が可能であり、です。従って、最悪ケースでの可能世界の総数はです。
- 以上より、から「商品を買う」選択肢を除いた場合に、最悪ケースでの可能世界の総数(自由)が最大化されることがわかりました。
- を制限しすぎても、制限しなさすぎても、自由は損なわれることに注意してください。
- この単純な例では、自由の最大化のため、を制限する必要性があることが導かれた一方で、を制限する必要性は導かれませんでした。これは、ターン数が2しかないこの単純なゲームにおいて、の選択がの選択肢集合の大きさに何の影響も与えないからです。とが交互に行動するゲームでは、の選択もの選択肢集合の大きさの影響を与えるため、を制限する必要性も同様に導かれるでしょう。
- 「平等」の概念は、Maxi-Min自由主義から自然と導かれると考えます。先ほどの例において、自由が最大化されているときの最悪ケースではが成立していることに注目してください。この例のように、 各プレイヤーの制限前の選択肢集合が同一の場合 、各プレイヤーの選択肢集合の大きさが互いに等しくなるような制限を加えた場合に自由が最大化されると予想します。
- 各プレイヤーの制限前の選択肢集合が同一でない場合は、この限りではありません。
- Maxi-Min自由主義の下では、「機会の平等」と「結果の平等」の違いが浮き彫りになります。
- 機会の平等は、「制限後の各プレイヤーの選択肢集合の大きさが互いに等しい」状況を指すと考えられます。機会の平等が実現されているとき、自由は最大化される見込みがあります。
- 結果の平等は、「各プレイヤーの利得関数の値が互いに等しい」状況を指すと考えられます。もし利得関数の値と選択肢集合の大きさが一致するなら、結果の平等の実現により自由が最大化される可能性はあります。しかし、「利得関数の値と選択肢集合の大きさが一致する」というのは非常に強い前提であり、一般的に成立しないと考えます。この前提が成立しない場合、結果の平等を求めることは各プレイヤーの選択肢集合を不当に制限することに他ならず、帰結として自由は損なわれると考えます。
定義者
更新履歴
- 2026-05-07 16:02:38 +0900:本文執筆